京葉モノレールストーリー 01

あくまで地域輸送がメイン

秋葉原と千葉みなとを結ぶ路線。京葉モノレールをそう説明すれば「きっと都市間輸送を担うモノレールなのね」と思うことだろう。

 

しかし、京葉モノレールは4両編成。果たして首都圏の都市間連絡輸送を「4両」という短さで担うことができるだろうか。答えは「否」である。

 

京葉モノレールのルートは、秋葉原から亀戸までSB線と並行し、亀戸から西船橋まではS高速小松川線→K道路の近くを走る。西船橋からも京葉道路の近くを走り、幕張本郷を斜めに横切る。

 

ポイントは、この幕張本郷から千葉みなとまでの線形である。幕張本郷~千葉間にはすでにSB線とKC線、さらに海のほうに目を向ければKY線が通っている。これらの路線の間に線路を敷いても、並行する鉄道と乗客の奪い合いになってしまう。

 

そこで、京葉モノレールは幕張本郷から先の区間でも、K道路と並行するルートを採用した。地図で確認すると、千葉市稲毛区宮野木町付近まで遠回りをして、そこからやっと千葉へ向かうというルートが確認できる。

 

宮野木町やさつきが丘などの住民は、わざわざバスでS線の駅まで出ることなく都心へ行くことができるため便利だと思われるが、同じくバスでS線の駅に出れる穴川や作草部の住民にとって、遠回りして時間がかかる京葉モノレールは微妙な選択肢だ。

 

例えば、千葉公園が最寄りのオタクが秋葉原へ行くとしても、そのオタクは間違いなく千葉駅まで行ってSB線を使うだろうし、作草部が最寄りの姉妹が津田沼に行くとしても、千葉まで出てSB快速を使ったほうが早い。

 

では、なぜ京葉モノレールは、千葉市内において多少の遠回りをするのだろうか。

 

それは、京葉モノレールが敷設された目的は「都市間輸送」ではなく、「地域輸送」のためであるからだ。

 

今でこそ秋葉原が起点の京葉モノレールも、2005年までは錦糸町が起点だった。これは小松川、一之江などS高速小松川線が近くを走るエリアの住民を、SB快速などに乗り換えさせるためであり、最初から秋葉原を目指していたわけではなかった。

 

津田沼駅から南に進んだところにある袖ヶ浦団地からの移動需要に対しても、西船橋か幕張本郷でSB線に乗り換えることを想定。「東京、秋葉原、大手町方面へは、SB線、TZ線をご利用ください」とわざわざアナウンスをしている。

 

千葉市内区間は宮野木町(宮野木台・宮長)から幕張本郷への移動需要は想定しているが、穴川や作草部から幕張本郷、都心方面への移動需要は想定していない。穴川や作草部から都心部へは、前述のようにバスかモノレールで千葉、稲毛まで行き、SB快速を使ったほうが早く都心へ行けるからだ。

 

京葉モノレールの「秋葉原~千葉みなと」というルートは、一見都市間輸送を担う路線のルートのように思えるかもしれない。しかし、いくつかの地域輸送ルートが合体して、一つの長い路線になっただけなのだ。

 

そのような事情を知らず、作草部付近の住宅情報に「秋葉原まで直通」と書かれているのを見ると、「事実だけどツッコミたくなる」とは、とある姉妹の一言。

京葉モノレールが秋葉原まで伸びた理由

SB線の錦糸町→秋葉原間は日本有数の混雑路線であり、その混雑緩和対策として京葉モノレールを錦糸町から秋葉原まで伸ばすことにした。今まで錦糸町で乗り換えていた乗客を秋葉原での乗り換えに誘導することが目的である。

 

2005年に延伸が行われ、実際に京葉モノレールからSB線に乗り換えていた乗客の多くが秋葉原乗り換えに移行したという。しかし、SB線の混雑率は相変わらず高く、「いつになったら抜本的な解決が行われるんだ」と嘆く声が……


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2018年11月18日

当ページ公開開始日 2018年11月18日